昭和49年02月15日 朝の御理解
御理解 天地書附
「生神金光大神 天地金乃神一心に願え おかげは和賀心にあり 今月今日でたのめ い。」
天の恵みを受けるために、地の信心が出来なければなりません。「なすと言えなし得る条件恩恵の、なくばなし得ず何一つとして。」これだと思うんです。なし得ると言う事はおかげを受ける事です。それにはなし得る条件が必要なんです。その条件とは地の信心をすること以外にはないです。地の信心を頂く事です。どのように天の恵みがあっておっても、地の信心がなかったら、受け止める事は出来ませんです。
ですから地の信心を本気でさせて頂きたいと思います。そこに天の恵み天恵。言うなら、大地に対する所の小地。人間はそういう風な大天地に対する小天地と言われております。ですから大地に対する地の形の姿というものが、私共に出来なければ天恵に浴する事は出来ません。改めて教主様のお歌を思わせて貰う。この天地書付の信は、私はそこにあると思うです「生神金光大神、天地金乃神一心に願え、おかげは和賀心にあり、今月今日でたのめい」と。和賀心という条件。
そこに恩恵がその和賀心というのが、大地の心だと思うのです。そこの所を今月今日で、どんなに苦しい事がありましても、一心に頼んで行かなければなりません。昨日ある方が、大変色んな難儀な問題のお届けがありました。それに対して神様に私はお願いさせて頂いておりましたら。生神金光様の( 録音状態が悪い )教主様のお言葉を頂いて、ははぁ私共が願う姿勢というのは、これだなというふうに思わせていただいて、それをここに、控えさせて頂いておきました。
金光様のお言葉「お願いする時、実意のこもった願いでなからねばならぬ。」と。「お願いをする時、実意のこもったお願い。」「腹を立ててお願いをしたり、人を恨んでお願いをしたりする人もあるそうな」と。時に時々にはそういう人があると言う事です「時に、聞くけれどそうでなしに、実意を持って願うようなおかげを受けたいですね」と、言っておられます。
もう一遍読んでみましょう「お願いする時、実意のこもったお願い」実意で願えと。実意で願うなら、それこそ牛馬のことに至るまでとこう仰る。実意を持って願え「腹を立ててお願いしたり、人を恨んでお願いしたりする人もあるそうな。時に聞くけどそうでなしに、実意をもって願うようなお陰を受けたいですね」とあります。お願いをする。いうならばこれは姿勢。今月今日で頼めいと仰る。頼む姿勢です。
そこで私共は腹の立つ様な事が無いかというとあります。又は本当に人を恨まなければおられない様な事もあります。だからそういう時を腹を立てて言うたり、恨んで事をなしたりしたのではいけませんから、腹立ちやら恨みの心というなら、ありとあらゆる神様のご機感に、お心に叶わないような心を、先ず取り払うてと言う所がです。私は大地の信心だと思うです。黙って受けて受けて受け抜く。受けきれないごとあるけれども、それこそ、泣く泣くでも受け抜いていく。その後にはぁ黙って受けておって良かったというのが大地の信心です。
天の恵みを受けると言う事が、おかげを受けると言う事であります。だからその天の恵みをです。十分に受けるという姿勢は、大地の信心をする事です。中々大地の信心という事は難しいけれども。それを私共が日常生活の上に、腹が立ったり悔やまねば成らない様な事が起こった時に、生神金光大神天地金乃神で願って行き、縋って行かなきゃいけんのです。皆さんどうぞ天の恵みを受けるには、地の信心が出来なければ、天の恵みは受けられないという事。
地の信心を教祖様はあらゆる角度から、色々に説き明かされたんです。そしてそれを、究極の所は和賀心と言っておられます。天の恵みを受けるために、どうでも、地の信心をしなきゃいけません。様々な事がありましょうけれども、それが地が肥えていくのですから。肥をせいでもひとりでに物が出来ると言う様なおかげにもなってくるのです。地の受けもの、地の心の受けものが、私共に出来るという事を願っておられるのが、天地書付だと思うです。ギリギリのことをです。
私は教祖様のお歌の中から、これはギリギリのものだというふうに頂いて頂きたい。それを今日は聞いて頂いた。「なすと言え、なし得る条件恩恵の、なくばなし得ず、何一つとして」と。金光様のお言葉。腹が立つからお願いをする、憎まにゃおられんからお願いをする。成程それも一つの過程であります。
けれどもお取次ぎを頂いたら、そこに腹立ちも治まり、恨む心も反対にお礼を言う心になり。その心で根本の所を願うていかにゃいけん。それが私は大地の信心だと思う。受けて受けて受け抜いていくうちに、それが浄化されてくる。いわゆる黙って受けると言う事でしょう。いや黙ってそれを有難く受けさせて頂くと言う事。そこまで進めていく稽古が信心の稽古だと思う。その事を有難いものにして行く稽古です。天地金乃神のおかげを一心に願って、おかげを受けていく。
今月今日で頼んでいくと言う事。それは和賀心にある。その和賀心というのは、愈々大地の心を心として自分の信心内容に頂いていくと言う事。そこに限りない天の恵みを受け止める事が出来る。腹を立てたり、憎んだりする心で、如何に拝んだ所でです。それでは本当なおかげにはなりません。私今日改めて天地書付を、今日その様に頂いております。どうぞ本当に天の恵みを受ける為には、地の信心が出来なければならないと言う事を一つ、本気で思い込ませて頂いとかにゃなりませんですね。
どうぞ。